石垣島へ移住し使命に生きる~その理由の続き~

久しぶりの更新です。

約1年ぶり、石垣へ移住した理由に至っては、1年9か月ぶり(笑)

 

この一年、激動でした。

それでいうと、ここ数年は激動でした。

 

移住した理由とか、続きも何も、もう忘れてますよね(笑)

もしご興味ある方がみえたら、読み返してみてください。

文章下手なので、ご不明な点やご質問あれば、ご連絡ください♪

 

~続き~ 石垣島へ移住した理由

 

前回より~

 

3.11東日本大震災

 

その支援として、避難してみえる方々の支援をしていた。

途中から震災や津波の直接的な被害でなく、原発事故による放射能

ホットスポットから逃れてくる母子が中心になってきた。

そこから色々調べ、これまで不思議だった事、疑問だった事がクリアに。

 

うちも1歳の子どもがいたので、

母子避難の方々とは家族ぐるみで仲良くなった。

 

そして、

当時妻が二人目を妊娠し、ケミカルアレルギーが発症した。

その化学物質に対する反応は、まるで超能力者の様だった。

 

いわゆる化繊、ポリエステルやアクリルの衣類は着れなくなった。

衣類は全て、綿100%か麻混だけにして、全て処分した。

もちろん洗剤やシャンプーなども全てダメ。

天然由来のものや無添加のものに切り替えていった。

 

そんなある日、「気持ち悪くて立っていられない」と言い出した。

化繊は全て捨て、タンスの中には綿と麻の衣類しかないはず。

その日もタンスから出した綿100%の服を着ていた。

 

怪しい・・・そう思いタンスの中を調べると

奥からポリエステルの肌着が出てきた。

 

また、ある時

朝一番仕事へ行く前に、俺は風呂掃除をした。

つい、いつもの癖でバスマジックリンを2~3回吹いてしまった。

「しまった、捨てておけば良かった」

そう思いつつ、めちゃめちゃゆすいだ。

これでもかって言うくらいゴシゴシこすって、洗い流した。

 

その日の夜、風呂へ行った妻が気持ち悪いと出てきた。

 

気持ち悪くて風呂に入れないと・・・

「何かした?」って聞かれ

朝の出来事を話した。

 

私を殺す気か!!っと怒られまくった。

 

風呂掃除から、12時間以上経ってるのに・・・

 

これはもう本物や・・・と思った。

 

電磁波も感じるようになっていた。

当時2DKに住んでいたのだが、夜みんなが寝た後

僕はキッチンでPCで仕事をしていた。

キッチンがあり、部屋があり、更にその奥の部屋で寝ていた。

それなのに、インターネットを繋ぐと、寝れないと起きてくる。

 

他にも、ホームセンターへは入るのも困難。

スーパーでの買い物もかなり厳しい。

本当に日常生活を送ることが苦しい状態だった。

 

そんな目に見えない化学物質に過敏に反応する身体

そこへ毎日降り注ぐ、放射能の話し、情報。

調べれば調べるほど、恐怖が彼女を襲った。

 

ともかく子ども達を守らなければならない。

そう思った彼女はある日

 

「石垣島へ移住したい」

 

もともと田舎の方で暮らしたい。

もっと山に近い所で暮らしたい。

 

そう言うてはいたけど・・・

まさかの離島「石垣島」

 

当時の僕は、三重県四日市で衣類、履物、その他雑貨を

食品スーパーへ卸す事業をしていた。

商品を入荷して値段付けて、各店へ納品に回る仕事。

 

そもそも遠隔地から出来る仕事ではない。

会社も辞める訳にはいかない。

俺が辞める=倒産・・・だよね

 

「それは無理やろ」って一瞬思った

 

どうしたらいいか、めっちゃ考えたよ。

 

でも答えなんて出るわけがない。

 

彼女の話を聞いて、俺は決めた。

 

「ともかく縁があって一緒になった人だ。

 

         その願いを叶えるのが俺の役目だろう」 って

 

ともかく、やってみよう。やってみなけりゃ分からへん。

 

それに、石垣へ行ったら新たなご縁があるかもしれへん。

 

新たな何かが始まるかもしれへん。

 

そうして石垣移住を決めた。

 

 

 

それが2011年の夏

さあ、ここから~引っ越し編~

そして~石垣から三重へ通勤編~

へと続いてゆきます♪

 

次の更新はいつになるか不明ですが、お楽しみに~♪